平成22年10月31日 名古屋能楽堂

2010.11.12 Friday

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    40の手習いで始めた能ですが、ある日社中の方より、「名古屋の社中の大会に出る人が少ないので応援で出てみんか、気楽だし。」と誘われましたので、店の展示会もないし、月初の京都の仕入れも直接行けるし、返事も気楽に出ますよ。と言ったのが始まりでした。
     当日は、早朝飲まず食わずで、着物を着て福井から特急しらさぎで、いざ名古屋。名古屋駅よりタクシーで名古屋能楽堂へ。名古屋城の前にあったんですね、能楽堂。県外の能楽堂は初めてですが、たかが能楽堂じゃないんです。能の歴史美術館もあり、さすが尾張徳川という箱物です。
     でも福井市の能楽堂も舞台は少し小さいけど負けてませんよ。それと、立地条件も。方や名古屋城前、こちらは歴史のある柴田勝家の作った呉服町の横ですから。
     まずは、腹がへっては戦はできぬで、食堂に行き美味しくお弁当を頂きました。さあ後は観て帰りたいとこですが、私は、竹生島という謡を独吟で出演しますので、大部屋の楽屋へ移動。入るなり、凄い緊迫した雰囲気を感じた。出番前の人の目は真剣そのもの。しかし、出番が終わった人たちはくつろいでいるのでそのギャップに違和感を感じた。出番前のその異常な緊迫感には理由があるのです。
     実はこの大会、私は素人だけの会かとプログラムをもらうまでは思っていたのですが、蓋を開けてびっくり。観世流トップの家元(片山清司)を始めとして、人間国宝 片山幽雪、他大先生達と一門の有名人が出演するのです。簡単に出るなんて言わなければよかったと後悔しても仕方ないので、こんな光栄な事は二度とないという考えに切り替えることにしました。当日のサプライズとして私の出番の後の吉井先生が欠席したため、家元の前に私が出るという最高の環境になってしまいました。何が最高かというと、観客数がおそらく最高になるということです。
     さあ、記憶力ないので少しでも暗記し直そうと思うも、皆さんに話しかけられ、
    名前と出番を教えるのと自分は初心者ですと皆に話してるうちに時間となってしまいました。
     舞台の待合場所へ行くと社中の大ベテランの方が座っておられましたが雰囲気が違う。これは自分も固まってるんやろなとか思ってるうちにいよいよ次となり、隣に家元が来られ座られた。挨拶せなと思い立つや否や「君、襟元着崩れてるよ。」と言われ家元に直してもらうという、呉服屋店主としたら大失態。手に嫌らしい冷や汗をかきました。
     いよいよ出番で能舞台に出ていく時に、家元を中心に大先生達の壮観な輪ができたので、それを横目に見ながら段差をまたぎ舞台中央へ。ここで転んだら戦国時代の武将の前なら切腹やなーとか考え、視点を中高年の男性に固定。さあ声出るかな。出た、よかった。お客さんゾロゾロ増えてくるのを横目にみると少し焦りが。速くしないと記憶がなくなりそうと気が焦ったら速くなる速くなる、通常なら33回転のところ45回転のレコードみたいになってしまった。琵琶湖をゆっくりと船を漕いでいく感じで謡えと社中の方からもらったアドバイスも忘れて全力で漕いでしまった自分に失望。でも飛ばしたりとか間違いはなかったのでよかった。
     尾張名古屋は終わりよければすべてよし。

     <追伸> 師匠が一流だと応援も一流ということを身をもって体験しました。
     家元の袴、最高ですね。仙台平であの色の縞。いい物見せて頂いたので呉服店店主としては袴だけでも一流ということで、発注させて頂きました。謡の腕は後30年後には上がっているかな・・・

    名古屋公演 店主名古屋公演プログラム